心に黄金の華を咲かせる
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心に黄金の華を咲かせようとしてから、何年たったでしょうか?。
未だ、黄金の華は咲きませんが、心が楽になって自由になる心境は垣間見ました。
ほんの一時のことでしたが、私には永遠のようにも感じた瞬間でした。
その心境を再現しようとしても、毎回出来るわけでもありませんが、
うまくできるときもあるというレベルですね。
(たいしたことないですね)
(たいしたことないですね)
でも、何も考えないで、内なる至高の存在にすべてを委ねる。
思考を止めようとして、完璧な存在にすべてを委ねる。
思考を止めようとして、完璧な存在にすべてを委ねる。
そんな意識を持っていると、上記の心境になれるときがあるんです。
特に、悩みや苦しみを強く感じているときは、その落差に感動すら覚えます。
自分の思考や感情に気付いて、それを解放するには、自分の中にある完璧な存在に委ねるんです。
それは、神であっても仏であっても聖霊であっても良いです。
呼び名が問題ではなく、完璧、完全な存在。
呼び名が問題ではなく、完璧、完全な存在。
そのような至高の存在があると認識して、それにすべてを委ねる心になることです。
思考を止めれば、完全で完璧な神の世界が実現される。
何も考えなければ、最善の結果が実現される。
というような内容の考えで、心を満たしてしまうんです。
そして、思考を止める。
でね、考えで思考を止められるの?。って思うでしょうけど、
それがあり得る感じです。
というか、通常の思考と、思考を止めたと感じるときの心の中の考えとは、
明らかに違って感じられます。
それは、錯覚なのかもしれませんが、自分としては違う次元の思考のような感覚です。
それは、インスピレーションと呼ばれるものかもしれません。
直感、霊感、閃きといわれるものですね。
たぶん、それだと思います。
なので、思考を止めようとして、至高の存在を意識したとき、別次元の思考に移行しているような感覚になるんですね。
私的にはそれが錯覚でもなんでも良いです。
その時の気分や心の状態からいえば、幸せな状態ですし、それ以外の、
不安や恐怖のような感情からは完全に解放されているからです。
普段であれば嫉妬や怒りが涌き上がるようなことを考えても、
そんな感情は動かないような状態になれるんですから。
これは、経験してみないと解らないと思います。
本当に思考を止めようとするだけで、そんな心境になれるときがあるんです。
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「黄金の華」「黄金の華 金華」[2016/10/11 00:27:54]